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査読者 1

総合点

6

確信度

3

コメント

平均文字を「平均化していることを気づかせない」ことによって,自然な学習支援に使おうというアイデアは興味深いです.

さて,本研究のシステムの目的は,(1)労力をかけずに,(2)長期的に継続可能で,(3)モチベーションを維持できる,手書き文字練習を行うことが目的とされています.

このシステムを使うとなぜ文字が上手くなるのか,に関しては,お手本と平均化された文字を表示することによって,ユーザの文字形の認知を少しお手本側に寄せ,それを繰り返すことで文字がお手本に近づいていくという仮定なのだと査読者は理解しました.その前提にのってみたときに,それぞれの目的にシステムが合致しているかどうかについてコメントします.

(1)労力について

本研究のシステムと同様に,お手本との平均化を使った漢字学習の例としては,ベネッセのこどもチャレンジ等に入っている漢字学習システムなどが挙げられます.これは,文字を書いた後に,お手本と自分の字の違いを見るために使うもので,本研究とは異なります.また,参考文献でも挙げられているように,文字がお手本と異なる点を示すタイプの学習システムが一般につかわれていますし,書き終わった後にお手本を重ねて表示し,どこが違うかを示すようなシステムも多数有ります(参考文献で挙げられているものや上記子供用学習システムもその機能がある).こういった既存のシステムと比べて,提案手法が「労力がかからない」かどうかを考えた際に,これは明らかに求める字形を得るためにかかる労力は従来システムの方が小さいのではないでしょうか.提案システムは,文字の学習のために何度も文字を書くシステムですが,気づかれない程度に少しずつ変化させることを狙っている以上,お手本をなぞったり,違うところを明確に指摘されるものに比べて学習効率は落ちると考えるのが一般的でしょう.

(2)長期的に継続可能かについて
(3)モチベーションが維持できるのかについて

上記二つは似ているため,まとめてコメントします.このシステムはモチベーションを維持できるのでしょうか?明示的なフィードバックが無い状態で,ひたすら文字を書き続けなければいけない本システムより,点数化されたり,お手本とどの程度近いかを毎回確認できる従来システムの方が成功体験や成長体験を明確に得られ,モチベーションはより高くなるのではないかと思います.関連として同様な例と挙げているピアノ練習システムは,そもそも初心者にとって1曲通して弾くのが困難な状況であるからこそ,1曲通しで弾けたということが成功体験につながりますが,文字は書ききること自体は簡単にできるため,問題設定は大きく異なると思います.


まとめますと,上記に述べたように,「気づかせない」というアイデアは面白いと思うのですが,文字練習として考えたときに著者らが目的とした内容がまったく実現できていないのではないかと思いました.平均文字という技術を活かすことを考えると,例えば,

・気づかせない,という考えはやめて,例えば0.5の度合いでお手本と融合したものを表示することで,どんどん手本に近づけていく.書き手は,自分の書いた文字が平均化により最初は大きく変化するが,やっているうちにあまり変化しなくなっていき,お手本に近づいていることを実感できる.

・練習システム,とするのではなくて,普段ノートを手書きでPCでとるような環境を想定し,提案手法を用いることで「まったく練習しないのに,少しずつ文字が上手くなっていくシステム」を作る.

といったアプローチの方が自然でより効果的なのではないでしょうか.前者の応用例は労力もモチベーションも維持できますし,後者の場合はそもそもこれまで練習しなければいけなかったものが練習しなくてよくなるので,労力はなくなります.特に後者の場合,まったく追加の練習などの要素無しで勝手に字が上手になっていく可能性があるものであり,素晴らしいシステムになるのではないでしょうか.

- その他のコメント

・著者らの過去の原稿における参考文献には,自分の書いた文字を平均化して綺麗にしながら表示するようなシステムに関するものがいくつか挙げられています.これは研究としてはかなり近いのではないでしょうか.引用すべきかと思いました.

・p2の福家らの原稿への参照など,参照番号がずれているところがあるようです

採録判定時のコメント

自分の書いた文字を,お手本との平均文字に変更し「平均化していることを気づかせない」ことで,自然な学習支援を行うというアイデアは興味深く、モチベーション維持の議論に踏み込んでいる点も評価できます。一方,実装されたシステムが実際にモチベーション維持に役立っているようには見えず、目的とシステムの機能が合致していない可能性が指摘されました。主にアイデアの面白さを評価し、ショート採録となりました。

レビューサマリ

文字を書くと即座にお手本との平均文字に変更し,少し上手い自分の文字を見ることで自分がうまくなっていると思わせ,文字練習のモチベーションの維持や労力の減少を行わせるという手法の提案である。「平均化していることを気づかせない」というアプローチは面白く評価できるが、一方この手法では「モチベーション維持」という目的が達成できないのではないかという疑問が残る. 改良に向けたコメント等: ・お手本との違いを見せるシステムやお手本とのモーフィングアニメを見せるような既存手法は多い.これら明示的な手法と比較すると,文字形習得への時間的・労力的コストは高いと思われる. ・提案手法は「変更を気づかせない」ことを主眼としているため,明示的なフィードバックが無い状態で,ひたすら文字を書き続けなければいけない.点数化されたり,お手本との近さを毎回確認できる従来システムの方が成功体験や成長体験を明確に得られ,モチベーションは高くなるのではないか? ・動機付けの強化と学習効果のいずれを目指すのか,あるいは両方を目指すのかがはっきりしない.ひとまずは学習効果に絞った方がよいかもしれない. ・モチベーションを保ちつつ学習するということを先行研究(ピアノ演奏)と共通のアプローチだとしているが,学習のメカニズムが異なるのではないか? 結局、「気づかせない」というアイデアは面白いが,文字練習として考えた場合には著者らの目的が実現できていないように思われる.平均文字という技術を活かすことを考えると,例えば以下のような手法はいかがだろうか?: ・「気づかせない」ではなく、例えば0.5の度合いでお手本と融合したものを表示しながら、徐々に手本に近づけていく.書き手は,自分の書いた文字が平均化により最初は大きく変化するが,繰り返すうちにあまり変化しなくなっていき,お手本に近づいていることを実感できる(労力とモチベーションの維持が可能) ・「練習システム」ではなく,普段ノートを手書きでPCでとるような環境を想定し,提案手法を用いることで「まったく練習しないのに,少しずつ文字が上手くなっていくシステム」を作る.練習すること無く勝手に字が上手になっていく可能性があり,従来無かった素晴らしいシステムになる可能性がある.

その他コメント

レビューコメントに書きましたが,手法はいいので,その使い方を修正した方が良いのではないかと思いました.

査読者 2

総合点

5

確信度

1

コメント

個人的に手書きの改善には関心があります.ほかの多くの方々もそうだと思います.一方で,ペン字教室や書道教室は費用が高額ですので,価値のある研究だと思います.また,自分の筆跡を教師データとして悪事が強化されることについては,知られたことのようですのでご提案のアプローチの有効性には期待がもてます.

ただ,残念なことに論文の趣旨で,改善された書体を提示することについて,(1) 学習者の動機付けの強化と (2) アプローチの学習効果のいずれを目指すのかがはっきりしていないように思います.

(1) についてはかなりの人数についての長期的な評価を要しますし,比較実験自体がかなり困難ですので,研究をする戦略としては,ひとまずは (2) に絞った方がよかったのではないでしょうか.実際,(1) については仮説に留まり,短期的な被験者実験では (2) についてのみ検証されているように思います.

まとめの記述には,図6における3日間の書体の変化をもって長期的な利用による改善と結論づけていますが,成人までの人生に比較して3日は短期間と言わざるを得ません.

以下は細かいコメントです.

図4については,お手本も併せて提示していただきたく思いました.

4.2 節のなかで「最初の3回」,「特に3,4,5回目」という表現に混乱しました.最初に読んだときには,「最初の3回 = (図には提示されていない)1, 2, 3回目」を指すものと思いました.そのあとを読み進むうちに,これが「図中で最初の3つ,つまり3, 4, 5回目」をさしていることがわかったのですが,次にすでに話題に登っているにもかかわらず「特に3, 4, 5回目」と指示されているために,また判らなくなりました.

図4の説明を読むと,なるほどαが小さい場合に学習効果が少ないかもしれないとも思うのですが,これが被験者の個性の違いか学習パラメタの違いによるものなのか疑問が残ります.また,学習効果の評価についても,若干,主観的な面があるのではないかと思います.

たとえば,5, 10, 15, 20, 25, 30 回目の作品をカードに印刷したものをお手本とともに(複数名の)第三者に提示し,お手本との類似性について正順化するタスクを実施すると実際にお手本に近づいているか否かを判断することができるかもしれませんと思いました.

この研究のもうひとつの問題点として,数ある他の手法と比較した場合のご提案の優位点についてです.まだ,長期的な実験はなさっていないので,短期的な学習効果の面での優位点については比較いただけるとよいかと思います.ほかのシステムとの比較は大変かもしれませんが,なぞり書きとの比較ならば容易なのではないでしょうか.

ご提案では,文字を書き終えてから,お手本とブレンドした字を提示しています.それに対して,文字を描いている最中からリアルタイムでブレンドさせるというやり方もあるかと思います.後者でなく前者のアプローチを目指した根拠,あるいは技術的な困難等がありましたら議論に加えていただけるとよいかと思います.

査読者 3

総合点

5

確信度

2

コメント

モチベーションを保ちつつ学習するということを先行研究(ピアノ演奏)として,そのアプローチは共通としていますが,学習のメカニズムが異なると考えられます。興味深いところとして,「自分の書いた文字」という認識があるということで,ここについては新しい結果であろうとおもいます。また,どのようなシステムであるかも明確であり,正確に記載されています。特に,提案のシステムで,文字の練習のモチベーションがとれるのは興味を引きました。
 発表における議論を有用なものとするためには,「自分の書いたもの」と認識されている文字であっても,学習が進むというメカニズムについて,さらに考察をくわえ,「自分の美しいと思う手本を選ぶ」という操作が本質的なのかどうかについて,議論していただくことを希望します。